法人成りを考えているけれど、「個人事業は廃業すべきだろうか?」と迷われる個人事業主の方はおられるのではないでしょうか。
法人と個人事業を両立させることは可能ですが、実はそこには意外な落とし穴や注意点があります。大切なのは、自社の将来を見据えて「個人事業主を廃業するかどうか」を見極めること。
この記事では、法人成り後に個人事業主を廃業しない場合のデメリットとメリット、注意点、手続きの流れまでをわかりやすく解説します。
これから法人化を考えている方、今まさに悩んでいる方に役立つ内容をまとめていますので、ぜひ参考にしてください。
Q:法人化したら、個人事業はすぐに廃業しなきゃいけないの?
A:いいえ、廃業せずに両方を並行して続けることは可能です。ただし税務や手続き面で注意が必要です。
Q:個人事業を残すことで税金や融資に不利になるって本当?
A:本当です。ケースによっては税負担が増えたり、融資審査でマイナス評価になることがあります。
Q:両立するなら、どうやって法人と個人を区別すればいい?
A:帳簿・通帳・契約書を完全に分けて管理し、同じ事業内容にならないよう注意しましょう。
法人成りで個人事業主を廃業しない7つのデメリット
法人化しても個人事業を残すことは、場合によっては柔軟な経営に役立つこともありますが、慎重に検討したほうがよいデメリットもあります。
代表的な7つのデメリットは次のとおりです。
- 法人・個人ともに売上が減少する
- 融資審査で不利な影響を受ける
- 税の負担増加する
- 経理が複雑になる
- 利益相反取引のリスクがある
- 取引先への混乱を招く
- 社会保険・労働保険の手続きが複雑になる
ここからは、個人事業主を廃業しないデメリットについて詳しくみていきましょう。
法人と個人ともに売上が減少するかも
法人を設立しても、個人事業と並行して運営すると、顧客や売上が分散してしまう可能性があります。
たとえば、法人と個人、どちらの顧客対応・請求書発行・経理・SNS発信などを同時に行っていると、手間が2倍以上に増えるため、肝心の営業や商品開発の時間が削られてしまいます。顧客にとっても「この人は何の会社?どっちに連絡すれば?」と混乱しやすくなります。
そのようになると、どちらも成長しにくくなり、トータルの売上が落ちてしまうリスクがあります。
融資審査で不利な影響を受ける
事業資金を借りたいときに、法人と個人の両方を運営していると、金融機関からの評価が下がるおそれがあります。
たとえば、「本当に法人でやっていく意思があるのか」「個人事業も残しているのはなぜか」といった疑問から、長期的な安定経営が見込めないと判断されることがあります。また、「法人で借りたお金が、実際には個人事業の資金繰りに使われている」など、目的と異なる資金の流用が起こりやすいと判断されることも。
金融機関はリスクを感じ、融資の審査ではマイナスに働きやすくなります。
税の負担が増加する
法人も個人も、それぞれ独立した納税義務があります。そのため、両方の申告・納税が必要になり、結果として税金の総額が増えるケースも。
たとえば、法人は法人税・地方法人税・法人市民税・法人県民税・法人事業税、個人事業では所得税・住民税・事業税などが発生します。
しかも、税金の計算もそれぞれ違うため、複雑さが増し、場合によっては節税どころか負担が膨らむこともあります。
経理が複雑になる
法人と個人事業を同時に運営するということは、それぞれに帳簿をつけ、別々に確定申告や決算処理を行う必要があります。
たとえば、「この備品は法人で買ったんだっけ?それとも個人事業?」といった具合に、経費や収支の仕訳が混同しやすくなるリスクがあります。また、会計ソフトや記帳方法も法人と個人で異なるケースがあり、税理士に依頼する費用も2倍以上になることもあります。
その結果、経理にかかる時間もコストも増え、ミスのリスクも高まってしまいます。
利益相反取引のリスクがある
法人と個人を使い分けていると、自分同士の間で仕事を発注したり、貸し借りをしたりする場面が出てくることがあります。
たとえば、「個人で所有している倉庫を法人に貸す」「法人が個人に外注費を払う」といった取引です。一見すると問題なさそうですが、税務署からは「それ、本当に正当な取引?」と疑われる可能性があります。このような関係性を「利益相反取引(りえきそうはんとりひき)」といい、税務調査でチェックされやすいポイントの一つです。
適切な契約書や相場に基づく料金設定がなければ、税務上の指摘を受けたり、思わぬ課税対象になったりするおそれもあるので注意が必要です。
取引先への混乱を招く
法人化したのに個人事業も続けていると、どの名義で請求書を出すのか、契約はどちらと結ぶのかなど、取引先にとって分かりにくくなる場面が出てきます。
たとえば、今月は法人名義で請求書が届いたのに、翌月は個人名義で届いた、というようなことがあると、相手方の経理担当も戸惑ってしまいます。また、同じ屋号を使っていると、「これは法人との契約?それとも個人?」と混乱しやすく、信用問題に発展することも。
事業の信頼性を保つためにも、どちらで取引しているのかを明確にして、取引先に説明責任を果たすことが大切です。
社会保険・労働保険の手続きが複雑になる
法人を設立すると、たとえ従業員がいなくても代表者自身が社会保険(健康保険・厚生年金)に加入する義務が発生します。
また、従業員を雇う場合には、法人として労働保険(雇用保険・労災保険)の手続きも必要になります。個人事業と法人の両方にスタッフがいる場合、どちらの雇用かを明確にして管理しなければならず、保険手続きや給与計算がより煩雑になります。
このように、社会保険・労働保険の手続きが複雑になることで、書類の提出先もスケジュールもバラバラになり、管理が難しくなります。
法人成りで個人事業主を廃業しない3つのメリット
法人成りをしたあとでも、あえて個人事業を残しておくことで得られるメリットもあります。税務上の特典や、事業の幅を広げるための工夫として活用できるケースもあるのです。
3つのメリットは次のとおりです。
- 青色申告特別控除を活用できる
- 別事業がある場合に活用できる
- 損益通算や繰越控除を活用できる
ここからは、法人成りで個人事業主を廃業しないメリットについて詳しくみていきましょう。
青色申告特別控除を活用できる
個人事業を継続すれば、引き続き青色申告の特典を受けることができます。たとえば、青色申告特別控除を利用すれば、所得から控除が受けられ、所得税の節税につながります。
法人化しても、個人事業を続けている場合には、青色申告特別控除を活かすことで税負担を抑える効果が期待できます。しっかり帳簿をつけることが条件になりますが、経理に慣れている方なら十分活用可能です。
別事業がある場合に活用できる
法人で本業を運営しながら、全く別ジャンルの事業を個人で継続したいという場合、個人事業を残しておくと便利です。たとえば、法人では製造業を運営しながら、個人では不動産収入などを得ているというケースです。
このように事業内容が明確に分かれていれば、収入源の多様化にもつながり、リスクヘッジにもなります。また、将来的に個人でしている別事業を法人化することも可能です。
損益通算や繰越控除を活用できる
個人事業で赤字が出た場合、一定の条件を満たせば、その損失を他の所得(給与所得や不動産所得など)と相殺(損益通算)することができます。
また、損失(赤字)がある年は、翌年以降3年間にわたって繰り越して控除(純損失の繰越し)することも可能です。たとえば、法人成りしても継続している個人事業が赤字になった場合、その年の法人からの役員報酬と相殺できるため、結果的に税金が安くなるという効果も期待できます。
【参照】国税庁「No.2070 青色申告制度」
法人成りで個人事業主を廃業しない場合の注意点
法人化しても個人事業を続けることは可能ですが、ルールを守らないとトラブルや税務リスクにつながることもあります。
5つの注意点は次のとおりです。
- 法人と個人で同じ事業は避けること
- 帳簿・通帳・請求書は完全に分けて管理すること
- 法人と個人間の取引には契約書を作成すること
- 許認可・資格の名義に注意すること
- 税理士など専門家に相談しながら進めること
ここからは、法人と個人を同時に運営するうえで押さえておきたい注意点について解説します。
法人と個人で同じ事業は避けること
法人と個人で同じ業種・内容の事業を並行して行うのはやめておいたほうが良いでしょう。たとえば、どちらも同じ業種で請求書を出していると、「売上の付け替え」や「節税目的の分散」を疑われ、税務署から指摘されるリスクがあります。
もし個人事業を継続するなら、業種を変えるか、明確に事業の区分を分けておくことが大切です。
帳簿・通帳・請求書は完全に分けて管理すること
法人と個人を併用する場合、すべての記録を分けて管理することが基本です。会計帳簿、銀行口座、請求書・領収書などを混在させると、収支が不透明になり、税務調査の際に疑念を持たれるおそれがあります。
通帳を1冊にまとめたり、経費を共用することは避け、「法人は法人、個人は個人」と線引きして記録することが信頼にもつながります。
法人と個人間の取引には契約書を作成すること
個人が持っている物件を法人に貸す場合や、法人が個人事業に業務を外注する場合など、法人と個人のあいだに取引が発生する場合は必ず契約書を作成しましょう。
契約書がないと、税務署から「実態がない取引」と見なされ、経費として認められないリスクがあります。自分同士の取引でも、第三者が見ても問題ない内容にしておくことが重要です。
許認可・資格の名義に注意すること
事業によっては、営業許可や資格登録などが必要なケースがあります。その際、「法人の名義」か「個人の名義」かをはっきりさせておかないと、後々トラブルになる可能性があります。
個人で取得した営業許可を法人で使い続けることは避けたほうが良いでしょう。法人用の許認可を新たに取り直す必要があるケースがありますので要確認です。
税理士など専門家に相談しながら進めること
法人と個人を同時に管理するのは、想像以上に複雑でミスもしやすいものです。税金や保険、契約、名義など、多方面にわたる判断が必要となるため、税理士や社労士などの専門家に早めに相談するのが安心です。
プロのアドバイスを受けながら進めることで、無駄なリスクを回避でき、安心して事業に専念することができます。
法人成りで個人事業主を廃業する流れ
法人成りをする際には、個人事業主としての活動を「廃業」する手続きが必要になる場合があります。やるべきことは多くありませんが、タイミングや提出先を間違えるとトラブルになることも。
ここでは、スムーズに法人化するための手順をわかりやすく解説します。
STEP1:法人設立日を決定する
まずは、会社の設立日(=法人登記日)をいつにするかを決めましょう。この日を基準に、個人事業の廃業日や各種書類の提出タイミングが決まります。
理想的なのは、月初や月末などキリのよい日を設立日に設定すること。これにより、個人と法人それぞれの会計期間が明確になり、税務申告もスムーズです。
STEP2:廃業届を提出する
個人事業主としての活動を終了したら、「個人事業の開業・廃業等届出書」を税務署に提出します。提出期限は、廃業日から1ヵ月以内です。
用紙は税務署に備え付けてあるほか、国税庁のホームページからダウンロードも可能です。マイナンバーや事業内容、廃業日などを記載します。
STEP3:都道府県・市区町村への届け出(自治体による)
業種や地域によっては、都道府県や市区町村にも「個人事業税の事業廃止届出書」などの提出が必要な場合があります。飲食業や古物商など、営業許可や登録が必要な業種は、自治体への届け出も忘れずに行いましょう。
手続き方法は自治体によって異なるため、事前に各役所の公式サイトで確認するのが安心です。
STEP4:消費税関連の手続きをする
課税事業者として消費税を納めていた場合は、「消費税の事業廃止届出書」の提出も必要です。これを提出しないと、法人化後も個人名義での納税義務が続くことになりかねません。
また、法人成りしてもインボイス制度などで消費税の課税事業者になるかどうかの判断が必要になるため、税理士に相談しながら手続きを進めると安心です。
STEP5:廃業年分の確定申告をする
個人事業を廃業した年も、その年に得た収入については確定申告が必要です。通常の申告と同様に、売上や経費を集計し、所得税や住民税を納めます。
法人化のタイミングによっては、個人事業と法人の両方で申告が必要になるため、スケジュール管理が重要です。確定申告の締切は翌年の3月15日まで。廃業後も気を抜かずに準備しておきましょう。
まとめ|法人成りで個人事業主を廃業しない選択は慎重に!
法人成りをしたあとに個人事業を廃業するかどうかは、事業内容や将来のビジョン、税務面の影響などを踏まえた慎重な判断が必要です。デメリットを知らずに個人事業を残すと、経理・税務が複雑化し、思わぬトラブルにつながることもあります。
事業を多角化したい場合や青色申告・損益通算などの税制メリットを活かしたい場合には、個人事業を継続する選択肢もアリです。
どちらを選ぶにせよ、重要なのは、法人と個人事業をどう位置づけるかを明確にした経営計画を立てること。たとえば、「法人に主力事業を移し、個人事業は補助的に継続するのか」「一定期間併用した後、個人事業を段階的に法人に統合していくのか」など、将来を見据えた中期的な計画があれば、選択に自信が持てます。
不安がある場合は、税理士や経営の専門家と相談しながら、自社にとって最適な方法を模索していきましょう。
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